スキー伝来のお話。
本日は高鷲スノーパークで
OGASAKA SKIさんの試乗会がありました

夜はみなさんとグビグビッと飲み会

目から鱗のお話ばかりをいただきました

スキーが日本に伝わったのは1911年。
2011年で100周年☆
来年のスキー業界はどこも力をいれているんです!!
その中でもOGASAKA SKI は1912年創業

10−11シーズンは創業99周年なんです

ちなみにOGASAKA SKI = 小賀坂さんです!!
公にはなっていないが、今回のバンクーバーオリンピックでもOGASAKA SKI のブランドが
いたる競技で使用されています。
選手にとって、スキーの板や靴などは身体の一部ですからね〜。
その選手をサポートしているトレーナーやコーチはもちろんですが、
こういったスキー板を開発している技術屋さんもいての、競技(スポーツ)なんですよね。
毎年イチローや松井も岐阜県の養老町にあるmizunoのバット工場を訪れて、
久保田五十一さんと一緒にバット作りに着手しますからね。
いかにトップアスリートが道具にこだわるかがわかりますよね。
イチローは練習や試合が終わったあとに、グラブとスパイクを自分で磨きます。
それを見た、アメリカの選手などはその姿に道具を大切にする事を知ったみたいです。
(メジャーでは専属のグラブ磨き職人やスパイク磨きの方がいるんです。)
DJでいうと、ヘッドフォンやレコードをぞんざいに扱っていては、いいDJにはなれませんね。
自分が使う道具にこだわってこそ、その道具を作っている人の気持ちがわかるのでは。
プレイヤーと技術屋。
その結果が、オリンピックのメダルや200安打に繋がるんですね。
人だけではなく、モノにも感謝の気持ちを込める。
こちら方は高鷲スノーパーク①の技術者


これはこれはかなり上機嫌のお顔(笑)
かなりDJカミナリはこのお方に育ててられております!!
『時間があったらどんどんゲレンデを滑れ!』
『かならずセンターハウス周りを歩け!』
『オレの注いだ酒は飲めんのか〜!!』
などなど。。。
この方が高鷲の屋台骨を作っているといっても過言ではありません。
ちなみにスーパーパイプの土台や、DJブースの机などもこの方の作品です。
アイテムなどを紹介する時などには、作り方や工程などを取材にいきます。
最近は『カミナリ〜〜〜!!』ではなく『隼人〜〜〜!!』と名前で呼んでくれます

これがちょっと認められたようでうれしい

高鷲のDJも技術の方やパトロールの方と連絡をとりながら安全に皆さんが滑走できる様に努めています。
『互いが互いを高め合い、限界を限界でなくす』
久々にでましたね〜〜〜

DJカミナリこと南隼人の座右の銘です。
ではこの方の大好きな一曲を

DEPARTURE / globe
ではいまからゴールドヘッドフォンをピカピカに磨きます

技術職のお話でした。